前回はプロアクティブ人材の定義や年齢帯別のプロアクティブスコアの特徴についてご紹介しました。
本稿では、前回ご紹介したプロアクティブ人材がなぜ企業経営に求められているかを、近年多くの企業が注力する人的資本経営の文脈に照らし合わせながら解説します。
- 01|人的資本経営を成果に結びつけるために重要な「プロアクティブ人材」とは?
- 02|なぜ人材のプロアクティブ化が重要なのか?
- 03|プロアクティブ人材育成 実践ステップ①:プロアクティブスコアを測定せよ!
- 04|プロアクティブ人材育成 実践ステップ②:自社にとって「意味のある」ターゲット&テーマを定めよ!
- 05|プロアクティブ人材育成 実践ステップ③:経営・人事部門と管理職の対話と共創に着手せよ!
- 06|プロアクティブ人材育成 実践ステップ④:マネジメントの涵養から人材の育成を!
- 07|プロアクティブ人材育成 実践ステップ⑤:自社ならではの人事施策を見いだせ!
- 08|プロアクティブ人材育成 実践ステップ⑥:育成施策の展開(例や案)&まとめ

寄稿者下野 雄介氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアル デザイングループ 部長
「プロアクティブ行動の促進」研究・ソリューション開発責任者を兼任。オンライン公開講座「2023年人的資本経営の総括と、2024年に向けた展望」(日本CHO協会 2023年度)をはじめ人的資本経営・プロアクティブ行動に関する講演実績多数。専門は組織開発、組織行動論。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略」 (KINZAIバリュー叢書)。

寄稿者 宮下 太陽氏株式会社日本総合研究所 未来社会価値研究所兼リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアルデザイングループ シニアマネジャー
立命館大学客員研究員。組織・人事領域のコンサルタントとして学術の知見も駆使し、顧客の本質的な課題を捉えた科学的な組織変革を支援。専門は文化心理学、社会心理学、キャリアディベロップメント。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略(KINZAIバリュー叢書) 」他共編、監訳、共著多数。

寄稿者方山 大地氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアルデザイングループ シニアマネジャー
一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 上席研究員。民間企業を中心とした人材領域のテーマに関するコンサルティングに従事。近年は、HRデータや採用・育成に関する科学知の適正活用に向けた調査・研究も行っている。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略」 (KINZAIバリュー叢書)他、論文・寄稿多数。

寄稿者 佐賀 輝氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアルデザイングループ アソシエイト・コンサルタント
入社以来、民間企業の人事制度構築や人材開発に関するコンサルティングに従事。現在、「プロアクティブ行動の促進」に関する研究・実証を行っている。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略」 (KINZAIバリュー叢書)
人的資本経営を成果に繋げていくためには
経済産業省が2020年9月に「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書〜人材版伊藤レポート〜」(通称「人材版伊藤レポート」)を発表したことを契機に、人的資本経営への関心が急速に高まりました。そして、2023年1月の「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正によって、有価証券報告書上で人的資本開示が求められるようになり、上場企業を中心に人的資本経営の取組が本格化しました。
人的資本経営は、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方を意味します。もう少し詳細に解説すると、企業の中長期的な経営戦略の遂行に資する人材戦略・人事施策を策定し、それを実践に移すことによって企業内の人材の変容を促し、企業価値向上につながる人材ポートフォリオを実現していくことが人的資本経営の神髄です。
しかし、多くの企業で人的資本経営を標榜して人材戦略・人事施策を策定し、実践に移しているものの、そうした取り組みが十分に機能していないことも多いのではないでしょうか。人的資本経営の取組がある程度一巡した今、具体的な成果につなげることが問われる時期に差し掛かっているといえます(図表1)。
個々の施策に目を向けると、研修・スキル開発プログラム、1on1ミーティング、ジョブチャレンジ制度など、様々な人事施策を経営企画部や人事部主導で実施するものの、「のれんに腕押し」状態になっているケースは多々あります。つまり様々な人事施策は行われているものの、従業員が新たなスキル習得に動いたり、新しい職務に挑戦したりといった状態までには至っていないということです。
こうなると、費用をかけて人事施策を実践しているにも関わらず、内部の人材ポートフォリオ、その中でも人材の質が変化しないままとなってしまいます。
図表1. 人的資本経営の取り組みの傾向
プロアクティブ行動は「ワーク・エンゲイジメント」の架け橋
このように、人材戦略・人事施策が従業員の意識・行動の変容につながりにくい中で、従業員のプロアクティブ化は重要な一つのキーとなります。
従業員がプロアクティブ行動を取り、組織が求める能力・スキルを理解し、また自己のキャリアにおいてその重要性を納得した上で、前向きに習得するようになることで、企業内部の人材の質の変化が少しずつ起こるようになります。
人事施策がどこか他人事であった状態から、自分事として捉えて行動するようになるのです。それは最終的には、組織全体の成果につながり、従業員自身が何らかの成果を実感することで次のプロアクティブ行動につながるという好循環が生まれていきます。
人的資本経営において、こうした従業員の意識・行動の変容につなげていくための概念としてこれまで注目されてきたものはワーク・エンゲイジメントでした。従業員がイキイキと働く原動力であるワーク・エンゲイジメントを向上させることはこれからも変わらず重要なテーマであることは間違いありません。
ただし、「熱意」「活力」「没頭」の3要素から構成されるワーク・エンゲイジメントは、仕事をどのように捉えているかという「個人の感情」を表すものであり、「組織の成果に繋がる行動」まで含め測定しているものではありません。プロアクティブ行動はワーク・エンゲイジメントという従業員の前向きな仕事への感情を組織全体の成果につなげていく、架け橋としても期待されています。
プロアクティブ行動を推進すべき学術的根拠
プロアクティブ行動にはしっかりとした学術的論拠があることも、私たちが従業員のプロアクティブ化を推進している理由の一つです。
1990年以降、プロアクティブ行動に関する様々な学術研究が進められてきました。Bindl & Parker (2011)は様々なプロアクティブ行動に関する学術研究を取り纏め、個人及び状況要因が認識・感情を変容させて、プロアクティブ行動を促進し、最終的に個人・チーム・組織の成果向上につながるということを述べています。
実際私たちが日本の労働者約2万人に対して実施したアンケート調査でも、プロアクティブ行動が仕事の成果に寄与することが明らかになっています。
図表2は、アンケート調査の結果に基づいて、共分散構造分析という統計解析を実施した結果の因果モデルです。詳細は第3回以降で説明しますが、個人・チームそれぞれのプロアクティブ行動は個人・チームそれぞれの成果展望を高めています。
つまり、プロアクティブ行動を促進することができれば、仕事の成果も連動して向上していくことが期待されるということです。
図表2.2万人のアンケートに基づく共分散構造分析の因果モデル
ここまで見てきた通り、従業員のプロアクティブ化は、個人・チーム・組織の成果向上に繋がるものであること、さらに人的資本経営の文脈で捉え直せば従業員のワーク・エンゲイジメントという「前向きなエネルギー」を経営が企図した人材ポートフォリオの実現を通じ、効率的に組織全体の成果に繋げるためのリンクピンになり得るものであるとおわかりいただけると思います。
プロアクティブ人材は、人的資本経営を成果につなげるためには必要不可欠な存在であり、まさに成果創出の起点となる存在なのです。
一方でビジネスの世界においてはまだまだ新しい概念と言わざるを得ず、「どうプロアクティブ行動を活性化するか」「プロアクティブ行動をどう成果に繋げるのか」などその方法論は未だまとまった形で表出化していません。
本連載の第3回以降では、日本総研でこれまで行ってきた調査研究と応用実践を踏まえながら、「プロアクティブスコアの測定」から「育成施策の展開」まで、企業でプロアクティブ化を進めていくポイントを6つに分けて説明していきます。
参考文献
Bindl, U. K., & Parker, S. K.(2011). ”Proactive work behavior: Forward-thinking and change-oriented action in organizations”. APA handbook of industrial and organizational psychology, Vol. 2. Selecting and developing members for the organization , 567–598